【杉並区】住宅倒壊はなぜ起こった?40年越しの擁壁問題を徹底解説
2025年9月30日、東京都杉並区で発生した木造住宅の倒壊事故は、私たち建築・解体業界に携わる者、そして高低差のある土地に住むすべての人に、「擁壁(ようへき)」の重大なリスクを突き付けました。幸いにも住人の方が避難し無事でしたが、一歩間違えば大惨事となりかねない、極めて深刻な事態です。
本記事では、この杉並区の倒壊事故を教訓に、なぜこのような事故が起こってしまったのか、そして、ご自宅の擁壁が抱える「40年越しの問題」に、今すぐどう向き合うべきかについて、解体業者の視点から徹底的に解説し、皆様に緊急の注意喚起をさせていただきます。
1. 事故の核心:倒壊の真の原因は「擁壁の崩落」
今回の杉並区の事故は、地震や火災といった一般的な災害によるものではありません。警視庁や杉並区の調査から明らかになったのは、家を支えていた**「擁壁」の崩落**が直接の原因であるという点です。
擁壁とは何か?
擁壁とは、高低差のある土地で土が崩れるのを防ぐために設けられた壁状の構造物、いわゆる**「土留め」のことです。斜面や傾斜地に立つ住宅にとっては、文字通り「家の土台」**であり、建物を安定させるための生命線です。
倒壊した木造住宅は、この擁壁の上に建っていました。しかし、長年にわたって擁壁に生じた亀裂が進行し、最終的に土の圧力に耐えきれず崩壊。土台を失った建物が一気に崩れ落ちるという、恐ろしい連鎖が起こったのです。

擁壁崩落の“40年”という時間
今回の事故で特に注目すべきは、杉並区が1984年(昭和59年)に、この擁壁の亀裂を既に把握し、所有者に対して改善指導を繰り返していたという事実です。
これは、亀裂の発生から倒壊までの約40年間、問題が抜本的に解決されず、時間と共にリスクが蓄積し続けていたことを意味します。擁壁の老朽化は、建物の倒壊リスクを年々高める**「時限爆弾」**だったと言えるでしょう。
2. あなたの家の擁壁は大丈夫?見過ごされがちな「危険信号」
「うちの擁壁は大丈夫だろうか?」と不安に思われた方も多いでしょう。特に築年数が古い、または擁壁の築造から時間が経過している家屋にお住まいの方は、以下の危険信号がないか、今すぐチェックしてください。
① 見落としやすい「小さな亀裂」
亀裂は擁壁が構造的なストレスを受けている証拠です。
- 初期の危険信号: 表面のモルタルにできるヘアークラック(髪の毛ほどの細いひび割れ)。
- 深刻な危険信号: 幅0.3mm以上、深さ5mm以上のひび割れ。亀裂の幅が拡大していたり、そこから水がしみ出ている場合は特に危険です。
② 擁壁の変形と傾き
擁壁が土の圧力に負け始めると、目に見える形で変形します。
- 不自然な膨らみ(腹み出し): 壁の中央部分が外側に向かって丸く膨らんでいる。
- 傾斜・沈下: 擁壁の上端が明らかに外側に傾いている、または擁壁全体が沈下している。
③ 排水の異常(水抜き穴の役割)
擁壁の最も重要な役割の一つは、背後の地盤に溜まった水を抜くことです。水は土の重さを増し、擁壁にかかる圧力を劇的に高めるからです。
- 水抜き穴(水抜きパイプ): 擁壁に数多く開いているはずの穴が土やゴミで詰まっている。
- 水のにじみ: 穴とは関係ない場所から常に水がにじみ出て、擁壁が湿っている。
杉並区の事故でも、専門家からは「9月の大雨で擁壁に溜まった水」の可能性が指摘されています。水が抜けない擁壁は、土砂崩れを起こしやすい非常に危険な状態です。
3. 解体業者が訴える!「古い擁壁」の根本的な問題
私たちは解体工事の現場で、築数十年の古い擁壁を日常的に見ています。そこで感じる、現在の基準を満たさない擁壁の根本的な問題点は以下の3つです。
3-1. 基準の違い:「布積擁壁」の時代遅れ
現在の擁壁は、鉄筋コンクリートで一体構造を作る**「L型擁壁」や「逆T型擁壁」などが主流です。しかし、昭和の時代に作られた古い擁壁の多くは、石やブロックを積み重ね、その間にモルタルを詰める「間知ブロック積(けんちブロックづみ)」や「空積(からづみ)」**といった工法が使われています。
これらは、現代の厳しい耐震基準や構造基準を満たしておらず、設計基準自体が時代遅れであるケースがほとんどです。表面は綺麗に見えても、内側の構造的な強度が圧倒的に不足しています。
3-2. 適切な設計図の欠如
古い擁壁は、建築確認申請の際に適切な設計図書が作成されていない、あるいは記録が残っていないことが多くあります。専門家が補強や改修を検討しようにも、内部構造が分からず、適切な診断ができないのです。
3-3. 所有者の「見えないコスト」意識の薄さ
杉並区の事例では、行政から指導があったにもかかわらず、抜本的な対策が取られませんでした。その背景には、擁壁の改修・補強に巨額の費用がかかることがあります。
擁壁工事は、数十万円〜数百万円の費用がかかる、「見えないコスト」です。建物本体の改修とは異なり、住み心地が良くなるわけではないため、費用対効果が見えづらく、つい先延ばしにされがちです。しかし、この先延ばしこそが、命に関わる最大のリスクとなるのです。
4. 危険を放置しないために:今すぐ取るべき行動
解体業者として、皆様の安全を最優先に考え、具体的な行動を強くお勧めします。

ステップ1:専門家による「擁壁診断」を受ける
目視で異常がないように見えても、内部で水が溜まっていたり、鉄筋が腐食している可能性があります。
- 建築士、土木業者、または地盤調査会社などの専門家に依頼し、**擁壁診断(スクリーニング)**を受けてください。
- **「擁壁の築造年」や「過去の補修履歴」**など、可能な限り情報を提供してください。
ステップ2:診断結果に基づき「対策」を実行する
診断の結果、危険性が指摘された場合は、速やかに以下のいずれかの対策を検討してください。
対策A:補強工事(緊急対応)
小さな亀裂の補修や、背後へのアンカー(土留め用の杭)の設置など、一時的な強度向上を図る工事。
対策B:打ち替え工事(根本的解決)
既存の擁壁を解体し、現在の建築基準法・宅地造成等規制法に基づいた鉄筋コンクリートの新しい擁壁に作り替える工事。費用はかかりますが、最も安全性が高く、確実な解決策です。
ステップ3:解体工事とセットで擁壁改修を検討する
もし、今後数年以内に建物の建て替えや解体を検討されているのであれば、解体工事と擁壁改修をセットで計画することを強くお勧めします。
- コスト削減: 解体時に重機や作業スペースを確保しやすいため、擁壁だけの工事よりもトータルコストを抑えられる可能性があります。
- 安全性の確保: 既存建物を解体した後の更地状態で、最も安全かつ効率的に新しい擁壁を築造できます。
5. 命と財産を守るために、今動いてください
今回の杉並区の事故は、「いつかやらなければ」と考えていた危険が、現実の災害となって現れた事例です。擁壁の老朽化は、建物の寿命よりも早く進むことがあり、そのリスクは時間と共に増す一方です。
擁壁は家の「土台」であり、命を守る「防波堤」です。 擁壁の異常を見過ごすことは、ご自身の家族の命と財産、そして近隣住民の安全に対する責任を放棄することに等しいと言えます。
「40年越しの問題」を、次の世代に先送りしないでください。解体業者として、古い建物の構造的な危険性を見てきた経験から、皆様が**「今すぐ」専門家の診断を受ける**ことを心より願っております。
ご自宅の擁壁についてご不安な点があれば、いつでもお気軽にご相談ください。
はじめまして、解体くん編集部・スタッフです。主に解体工事の施工内容や関係法令、お客様へお得な情報を掲載しております。解体工事は人生で1度あるかないかのイベントで、施工前はみなさん心配になります。そんな不安を解消できるようお客様へ有益な情報を提供できるよう心掛けてまいります。もし解体に対してご不明な点等ございましたらお気軽にお問合せください。